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ざっきょかぞく

雑居家族

壺井 栄

「毎日新聞」1955(昭和30)年3月25日~8月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 140,106 字 · 283 页

青空文庫

風が吹きぬけた。高台のそこからは、大東京の半分が見わたせ、目路の限り家々の群落である。薄ぐもりの空の下に限りなくつづく小さな屋根屋根は、空のはてるまでつらなりかさなって、雲の中にぼかされていた。

――ああ、東京はこんなにひろいのに……

ほろりとなって彼は手の甲で目をこすった。左の手である。そしてふと、見るともなく目の下をのぞいたとたん、ぶるんとなって思わず身をひいた。そこから見れば深い谷底のような橋の下に、ひきこまれそうな恐怖を感じたのだ。ガードの下では、せまい舗装道路が一本、よどんだどぶ川とつれだって流れている。そのどれもがいたい感覚できょうの兵六さんにせまったのだ。

兵六さんはくじいた足のせいばかりでなく、わざとゆっくりと歩き出した。いつも通り慣れたその道へ出るには、坂道を降りてゆかねばならぬ。命がけなら一瞬でとどくその道へ、ゆっくりとおりていった。降りるにつれてどぶ川は鼻に近づき、ものなれたいつものにおいで兵六さんを迎える。坂をおりきったところのすしやの前で、兵六さんは一いき足をとめた。すしが食いたいのではない証拠に、彼はしきりとうしろをふりかえっている。