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ざっとう
雑沓
宮本 百合子
「中央公論」1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,832 字 · 50 页
宏子は閾のところへ立ったまま、
「少しさむいけど、落付くね」
と、珍しげに四辺を眺めた。電燈を紐でひっぱってある鴨居の釘のところに、スケッチ板に油で描いた曇天の海浜の絵が額縁なしに立ててある。デスクから目をあげた時いい位置ではあるが、宏子にはその絵の灰色と淡い黄と朱の配色が寂しく思われた。
「その絵だれの?」
「さあ、よく分らないけれど和訓さんのじゃない?」
「北向なんだから、もっと暖い色のを見つけりゃいいのに。――あるんだろう? 探せば」
「刺戟が少ない方がいいから、これでいい」
宏子は、隅によせかけてあった古い三脚椅子を見つけて、その上に腰かけた。
自分用の廻転椅子に姿勢よくかけた順二郎の顔は灯の真下にある。宏子はすこし翳をうけて、ずっと低いところにその顔を浮き出さしている。おそ生れと早生れの二つ違いである姉弟の顔だちは、そうやって一つ灯の下に並んだところを見ると、その間におのずから微妙な違いがあった。同じような丸顔で、同じように特色のある上唇の線をもっていながら、順二郎の表情全体には快活さにかかわらずどことなく奥へ引こもった印象が漂っていた。宏子の碧っぽく澄んだ眼や口許には、見たいものは見、云いたいことは云わして欲しいというような一種熱っぽいものが、さっぱりした皮膚の血行とともに湛えられているのであった。