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ざっき(いち)
雑記(Ⅰ)
寺田 寅彦
「中央公論」1922(大正11)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,568 字 · 33 页
そして花片の散り落ちるように、また漏刻の時を刻むように羯鼓の音が点々を打って行くのである。
ここが聞きどころつかまえどころと思われるような曲折は素人の私には分らない。しかしそこには確かに楽の中から流れ出て地と空と人の胸とに滲透するある雰囲気のようなものがある。この雰囲気は今の文化的日本の中では容易に見出されないもので、ただ古い古い昔の物語でも読む時に、わずかにその匂だけを嗅ぐ事の出来るものである。
始め西洋音楽でも聞くようなつもりで、やや緊張した心持で聴いているうちに、いつとなしにこの不思議な雰囲気に包み込まれて、珍しくのんびりした心持になった。メロディなどはどうでもよかった。ただ春の日永の殿上の欄にもたれて花散る庭でも眺めているような陶然とした心持になった。
すべての音楽がそうであるか、どうか、私には分らない。しかし、どうもこの管弦楽というものは、客観的分析的あるいは批評的に聴くべきものではなくて、ただこの音の醸し出す雰囲気の中に無意識に没入すべきもののような気がする。そうする事によってこの音楽が本当の意味をもつような気がする。
これが雰囲気である以上、それに一度没入してしまえば、もう自覚的にそれを聞いていなくてもいい。