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おしゃく

雛妓

岡本 かの子

「日本評論」1939(昭和14)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,482 字 · 53 页

青空文庫

わたくしは逸作の腕に支えられながら、弟の医者にちょっと脈を検められ、「生きの身の」と、歌の頭字の五文字を胸に思い泛べただけで急いで帰宅の俥に乗り込んだだけを記して、早くこの苦渋で憂鬱な場面の記述を切上げよう。

「奥さまのかの子さーん」

夏もさ中にかかりながらわたくしは何となく気鬱加減で書斎に床は敷かず枕だけつけて横になっていた。わたくしにしては珍らしいことであった。その枕の耳へ玄関からこの声が聞えて来た。お雛妓のかの子であることが直ぐ思い出された。わたくしは起き上って、急いで玄関へ下りてみた。お雛妓のかの子は、わたくしを見ると老婢に、

「それ、ごらんなさい。奥さまはいらっしゃるじゃありませんか。嘘つき」

と、小さい顎を出し、老婢がこれに対し何かあらがう様子を尻眼にかけながら、

「あがってもいいでしょう。ちょっと寄ったのよ」

とわたくしに言った。

わたくしは老婢が見ず知らずの客を断るのは家の慣わしで咎め立てするものではありませんと雛妓を軽くたしなめてから、「さあさあ」といってかの子を二階のわたくしの書斎へ導いた。

雛妓は席へつくと、お土産といって折箱入りの新橋小萩堂の粟餅を差し出した。