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あめのかみこうち

雨の上高地

寺田 寅彦

「登山とスキー」1935(昭和10)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,473 字 · 9 页

青空文庫

例えば悪趣味で人を呼ぶ都会の料理屋の造り庭の全く無意味なこけおどしの石燈籠などよりも、寸分無駄のない合理的な発電所や変圧所の方がどのくらい美しく気持がよいか比較にならないように思われるのである。

進むに従って両岸の景色が何となく荒涼に峻険になって来るのが感ぜられた。崖の崩れた生ま生ましい痕が現わになり渓流の中にも危岩が聳え立って奔流を苛立たせている処もある。

大きな崖崩れで道路のこわれたあとがもう荒まし修繕が出来ていた。そこへ内務省と大きく白ペンキでマークしたトラックが一台道を塞いで止まってその上に一杯に積んだ岩塊を三、四人の人夫が下ろしていた。それがすむまでわれわれの車は待たなければならないので車から下りて煙草を吸いつけながらその辺に転がっている岩塊を検査した。安山岩かと思われる火山岩塊の表面が赤色に風化したのが多い。いつかの昔の焼岳の噴火の産物がここまで流転して来たものと思われた。一時止んでいた小雨がまた思い出したようにこぼれて来て口にくわえた巻煙草を濡らした。

最後の隧道を抜けていよいよ上高地の関門をくぐったとき一番に自分の眼に映じた美しい見ものは、昔から写真でお馴染の大正池の眺めではなくて、恰度その時雲の霽間にその全貌を現わした焼岳の姿と色彩とであった。