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ゆきとどろ
雪と泥
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋、1954(昭和29)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,993 字 · 40 页
「お願いだから黙っててよ」ちよのは躯を捻りながら云った、「あたしおしの姐さんの話を聞きたいのよ、聞きたくってしようがないんだから、ごしょうだから邪魔しないでよ」
「聞いて真似でもしようってのかい」げれ松は小指の爪で歯をせせった、「ふん、そんな柄じゃないよおまえは、そういうことのできるのは、おしのさんのような縹緻と、おしのさんのように眼から鼻へぬける知恵がなくっちゃだめさ、おまえなんぞはそれより銭箱でも磨いて、ようくそこらを抜き揃えて、――」
自分の綽名を証明するかのように、げれ松は思いきりあくどい表現で、ずけずけと露骨なことをまくしたてた。
この六帖の部屋は北に向いているので、うす暗く、陰気であった。古ぼけた箪笥が二た棹、片方へ歪んだ茶箪笥、ふちの欠けた長持、塗の剥げた葛籠などが、幾つかの風呂敷包と共に壁にそって置いてある。節だらけでひび割れた柱には、湖竜斎の柱絵(みんなあぶな絵でありどれにもその一部に墨で黒くみだらな加筆がしてある)がべたべた貼ってあるし、派手な色柄の着物や下着をじだらくに掛け並べた壁にも、役者の大首や、縁起絵や、大阪のあぶな絵などが、貼られたまま裂けたり剥げかかったりしていた。