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ゆきとどろ

雪と泥

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋、1954(昭和29)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,993 字 · 40 页

青空文庫

昨日から曇りがちだったのが、今日は鼠色の雲が空をすっかり掩って、いまにも降りそうなけしきであった。風はないが、気温はひどく下って、道の脇には朝の雪が溶けずに残っている処もあった。まるで追われるように、せかせかと広小路まで来て、彼はそこでふと立停った。

「ばかな、――」と舌打ちして呟いた、「伊丹へいってどうするんだ」

無意識のうちに、伊丹主馬の住居のほうへ歩いていたのである。彼は眉をしかめ、首を振った。それから、こんどは不決断な足どりで歩きだした。

――小出は純真すぎるからな。

また主馬の言葉が思いだされた。

――やつらにはいろいろと手があるよ。

折之助は唇を噛んだ。

「伊丹はそれみろと云うだろう、伊丹に限らず、話だけ聞けば誰でもそう云うに違いない」彼は口の中でぶつぶつ呟いた、「――おしのの気持のわからない者には、誰にだって理解はできやしない、……本当に騙すつもりなら、おしのはあんな話はしないだろうし、あんなふうに身を任せもしなかったろう、哀れなのはおしのだ、もうなにも心残りはないと云ったが、うちあけてしまえば逢えなくなると思い、おそらく死ぬ気になっているのだろう、……あの口ぶりでは慥かに死ぬ決心をしていたようだ、可哀そうに、可哀そうにな、おしの」