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ゆきとどろ
雪と泥
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋、1954(昭和29)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,993 字 · 40 页
三本めを呷るように飲んで、勘定をした。これがまた驚くほど安かった。彼はにわかに軽い気持になり、その店を出ると、おりよく通りかかった駕籠を呼びとめて乗った。
駕籠を着けさせたのは、蔵前片町の紀伊国屋の店先であった。紀伊国屋は札差で、十年以上も小出家の蔵宿をしていた。――いうまでもあるまいが、札差というのは旗本御家人の扶持食禄を、受取人に代って売買する商人であり、必要に応じてその扶持食禄を担保に金も貸した。――父の性分で蔵宿から金を借りるようなことはないだろう、その点では動かない信用がある筈であった。
――疑われさえしなければ大丈夫だ。
折之助はこう信じて店へ入った。
小出家の係りは番頭の佐平で、折之助も顔はよく知っていた。彼はちょうど店にい、すぐにあいそよく立って来たが、用件を聞くとけげんそうな顔をした。
「じつは父が一昨日から寝ているので」と折之助はできるだけ平静に云った、「急に入用ができたものだから代理で来たのだが」
「それはいけませんですな、よほどお悪いのでございますか」
「いや風邪をこじらせたらしい、心配するほどのことはないと思う」背筋へ汗が出て来、足ががくがくしそうになった。