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きりのなか

霧の中

豊島 与志雄

――「正夫の世界」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,920 字 · 40 页

青空文庫

どこかに隠れようかと躊躇してるうちに、燈火は非常な速さで近づいてくる。それが、大きな真赤な火で、提灯の光でもなく、電気燈の光でもなく、松明の光でもなく……えたいの知れない火の玉だ。その赤い火の玉が独りで、闇にとざされてる稲田の中の道を、音も立てずに凄い勢でやってくる。正夫たちはそこに棒立になって、次に水田の中に飛びこもうとした瞬間、火の玉はふっと消えた。眼の中まで真暗になり、髪の毛が逆立った。そしてどれくらいかたって、ほう、ほう……ほう、ほう……とあの澄んだなつかしい声が聞えてるのを最初に感じた。その時くらいほうほう鳥を嬉しく思ったことはない。

「その火の玉って何だい。」とチビは尋ねた。

「何だか分らない。」

チビはうそうそと笑った。

「そんなものがあるもんか。びくびくしてるから、気の迷いだ。」

「いやあるよ。ほんとに見たんだから。」

「見たような気がしたんだろう。」

「ほんとに見たんだ、二人とも。」

「二人とも……か。お化を見た者が二人あれば、お化がほんとにいることになる、そういうことかい。」

「どうだっていいよ。お化にしたって、いてもいなくてもどっちだっていいじゃないか。