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ろはんせんせいのおもいで

露伴先生の思い出

和辻 哲郎

「文学」1947(昭和22)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,158 字 · 9 页

青空文庫

そばから見ていると、あれでは窮屈でとても永続きはしまいと思われた、というのである。この話をきいた時わたくしは前述の先生の言葉を思い出した。先生は学問の上においても同じようにきちょうめんな態度を取ろうとして、それが窮屈なためにやめられたのである。わたくしはそのころの京都大学の空気を知らないから、このきちょうめんさが外からの要求なのか、あるいは先生自身の内から出たのか、それを判断することはできないが、晩年まで衰えることのなかった先生の旺盛な探求心のことを思うと、あのとき先生が大学の方へ調子を合わせようとせずに、自分の方へ大学をひき寄せるようにせられたならば、日本の学界のためには非常によかったろうと思われる。

もっともあの時代には、大学などを尻目にかけるということが非常にいさぎよいことのように感ぜられた。少なくともわれわれ青年にとってはそうであった。それほど学界のボスの現象が顕著であり、そういうボスに接近する青年たちは、当時の流行語でいえば、シュトレーバーだと見られた。その後三、四十年の歴史が実証したところによると、そういう青年の感じ方は必ずしも間違ってはいなかったといえる。