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かお
顔
宮本 百合子
「中央公論」1924(大正13)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,099 字 · 23 页
たっぷりした響の美しい彼の声が、真心をこめて幅ひろく流れ下りまた高まるに従って、他の入り混った幾つもの声が、優しく一つ低音に漂ったり心も躍るように晴々高い声で顫えたりする。
ルイザは、それまで一度もフランツが本気で歌うのを聞いたことはなかった。何という立派な声を持っていたのだろう。
ルイザは上気(のぼ)せた顔を挙げ、讚歎でうるんだ眼をフランツに向けた。刹那に、彼女の相好が変った。彼女は、何ともいえない顔をして、無意識に傍にいる夫のハンスの方に片手を伸した。
「フランツ、フランツ――あれが、フランツ? あの神々しい――……」
ルイザは、瞳をつき出し、微に口をあけ、打たれたようにフランツを視た。
ああ、まさか、彼方の聖画の命が入って、少年イエスが代って立っているのではあるまい!
我を忘れて唱うことに身も心も打ち込んでいるフランツの顔を正面から聖壇の大蝋燭が照していた。小揺ぎもしない金色の輝の環の中で、彼の黒い、精神の燃えたかまった二つの眼、清い唇、純白の寛衣と黒い捲毛とは、この世のものでなく見えた。ルイザが「聖母まりーあ、ああ御母まりーあ」とくずおれてしまったほど、その顔だちと姿とは絵の少年基督に生きうつしなのであった。