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かぜはささやく

風はささやく

小川 未明

「人民戦線」1946(昭和21)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,961 字 · 8 页

青空文庫

た。

こうした社会を見、こうした現実を知るとき、彼は、余の人のごとく、平然たることができなかったのです。ただ聰明をかいたがため、階級に対しては、組織ある闘争でなければならぬのを、一途に身をもって、憎いと思う対象にぶつかりました。それ故に、結局へとへとになって、揚句は酒場で泥酔し、わずかに鬱を晴らしたのです。彼は、芸術を商品に堕落さしたやからをも憤りました。街頭へ身をさらし、雪まじりの風の吹く中で、バイオリンを弾き、悲痛の唄をうたって、道ゆく人の足を止めようとしました。けれど畢竟自分を慰め、苦痛を忘れさせるものには酒以外ないことを知ったが、生まれた日から、今日まで、瞬時も休まず鼓動をつづける心臓に触れて、愕然として、彼は、真に自身をあわれむ気が起こったのでした。

ほんとうに、ブルジョアに隷属する彼らが、よどんだ沼の中につながれた材木であり、縛ったなわもろとも、いつか腐る運命にあるなら、彼は、さながら激流の彼方の岸、此方の岩角と衝突しながら、漂いいくいかだのごときもので、時代の犠牲たることに異いがなかったのです。

ある日、彼は、若い時分、下宿していたことのある所を通りました。