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かぜはささやく
風はささやく
小川 未明
「人民戦線」1946(昭和21)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,961 字 · 8 页
目で見た、一つの例をとれば、ここに毎朝出勤する紳士があります。その人は、気むずかしく、家庭では、なにか気にいらぬことでもあれば、罪のない細君をしかり、子供をなぐったりしたのに、出社して、上役の前では、まったく別人のごとく、頭をぺこぺこして、愛想がよかったのです。しかるに、上役は、冷然として、皮肉な目つきで、その男を見下して、命令します。この場合、だれが聞いても無理と思われるようなことでも、男は、服従しなければなりませんでした。風彩からいえば、その男のほうが、上役よりりっぱでした。頭髪をきれいに分け、はいているくつも出かける前に、哀れな細君が念をいれてみがいたので、ぴかぴかと光っています。まだ社では、それでもいいが、男は、ときどき上役の家庭へも、ごきげんを伺いに出なければなりません。我が家では、妻や子供らに対して、厳格過ぎるといってもいいのに、上役の家では、やんちゃ坊主を晴れ着の脊中へ乗せて、馬替わりとなって歩きます。これは、そうした社会の話であるが、音楽家や、ほかの芸術家も、また同じでした。ある美貌の声楽家は、指に宝石をかがやかせ、すましこんで、ステージに立ち、たとえ聴衆を睥睨しながら歌っても、蔭では、権力のあるものや、金力あるもののめかけであったり、男どもには、幇間に類するやからが少なくなかったのでし