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かぜたちぬ

風立ちぬ

堀 辰雄

序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页

青空文庫

二人は、私のために中断されたらしい話の続きを、さっきよりも低声で、続け出した。それは私の知らない馴染みの人々や事柄に関するものが多かった。そのうちの或る物は、彼女に、私の知り得ないような小さな感動をさえ与えているらしかった。

私は二人のさも愉しげな対話を何かそういう絵でも見ているかのように、見較べていた。そしてそんな会話の間に父に示す彼女の表情や抑揚のうちに、何か非常に少女らしい輝きが蘇るのを私は認めた。そしてそんな彼女の子供らしい幸福の様子が、私に、私の知らない彼女の少女時代のことを夢みさせていた。……

ちょっとの間、私達が二人きりになった時、私は彼女に近づいて、揶揄うように耳打ちした。

「お前は今日はなんだか見知らない薔薇色の少女みたいだよ」

「知らないわ」彼女はまるで小娘のように顔を両手で隠した。

※(アステリズム、1-12-94)

父は二日滞在して行った。

出発する前、父は私を案内役にして、サナトリウムのまわりを歩いた。が、それは私と二人きりで話すのが目的だった。空には雲ひとつない位に晴れ切った日だった。いつになくくっきりと赭ちゃけた山肌を見せている八ヶ岳などを私が指して示しても、父はそれにはちょっと目を上げるきりで、熱心に話をつづけていた。