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かぜたちぬ
風立ちぬ
堀 辰雄
序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页
「ええ、これから少し……」と私は口籠るように言った。
――「そうだ、おれは随分長いことおれの仕事を打棄らかしていたなあ。なんとかして今のうちに仕事もし出さなけれあいけない」……そんなことまで考え出しながら、何かしら私は気持が一ぱいになって来た。それから私達はしばらく無言のまま、丘の上に佇みながら、いつのまにか西の方から中空にずんずん拡がり出した無数の鱗のような雲をじっと見上げていた。
やがて私達はもうすっかり木の葉の黄ばんだ雑木林の中を通り抜けて、裏手から病院へ帰って行った。その日も、人夫が二三人で、例の丘を切り崩していた。その傍を通り過ぎながら、私は「何んでもここへ花壇をこしらえるんだそうですよ」といかにも何気なさそうに言ったきりだった。
夕方停車場まで父を見送りに行って、私が帰って来て見ると、病人はベッドの中で身体を横向きにしながら、激しい咳にむせっていた。こんなに激しい咳はこれまで一度もしたことはないくらいだつた。その発作がすこし鎮まるのを待ちながら、私が、
「どうしたんだい?」と訊ねると、
「なんでもないの。……じき止まるわ」病人はそれだけやっと答えた。