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えきふにっき

駅夫日記

白柳 秀湖

「新小説」1907(明治40)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,989 字 · 69 页

青空文庫

そのくせ自分はもう妻子もある身ではないか。

運転手は今馬力をかけたものと見えて、汽鑵車はちょうど巨人の喘ぐように、大きな音を立てて泥炭の煙を吐きながら渋谷の方へ進んで行く、高谷の乗っている室がちょうど遠方シグナルのあたりまで行ったころ、思い出したように、鳥打帽子が窓から首を出してこちらを見た。

それは大槻芳雄であった。

ああ千代子は大槻と同じ室に乗るために常例の室をやめたのではあるまいか、千代子はフトすると大槻と恋に陥ったのかも知れない、千代子は大槻を恋しているに違いない。私はこう思って見たが、心の隅ではまさかそうでもあるまいと言う声がした。

俯向いて私は私の掌を見た。労働に疲れ雨にうたれて渋を塗ったような見苦しい私の掌には、ランプの油煙と、機械油とが染み込んでいかにも見苦しい、こんな穢い手で私は高谷さんの絵葉書を持ったのか。

洗ったら少しは綺麗になるだろう。

かの筧の水のほとりには、もう野菊と紫苑とが咲き繚れて、穂に出た尾花の下には蟋蟀の歌が手にとるようである。私は屈んで柄杓の水を汲み出して、せめてもの思いやりに私の穢い手を洗った。

「おい藤岡! あんまりめかしちゃあいけないよ、高谷さんに思いつかれようたッて無理だぜ」