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かまをきずいてしりえたこと
魯山人陶説
北大路 魯山人
北大路魯山人『魯山人陶説』。同一底本的分册已合并为一书。收入:窯を築いて知り得たこと、瀬戸・美濃瀬戸発掘雑感、魂を刳る美、陶芸家を志す者のために、なぜ作陶を志したか、日本のやきもの、私の作陶体験は先人をかく観る、私の陶器製作について、愛陶語録、河井寛次郎近作展の感想、河井寛次郎氏の個展を観る、陶器個展に観る各作家の味、掘出しは病気の元。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 46,780 字 · 98 页
五十の人を七つ重ねると言ったら若いものでしょう。ついこの間のことで、何程のことでもないのです。それを遥か遠い向うに置いて、霞をかけて金色の模様でも見るように盲目的信仰に陥ってしまうと、自分の眼は失われ、いい茶碗か悪い茶碗か、肝心の問題がどこかに行ってしまうことになる。
昔と言っても私が若いときですが、当時京都の東本願寺の法主は素行上時々脱線した人でありまして、京の祇園あたりに遊び暮し、朝早く馬車で帰って来るのが常習でありました。本願寺の法主というと、宗教家でありますが、実は宗教家でも何でもありません。この頃の坊さんは徒らにお経をあげたり、仏さまの前で朝から何やらお勤めしたりするけれども、宗教学者じゃありません。宗教家ではないが、宗教家の家に生まれただけのことで、不当に飯を食っているという有様が多く見られます。その人々の一人として法主がおしろいくさい匂いをさして、毎朝祇園の町から馬車でいかめしく帰って来たものです。それとは知らないで、本願寺の前には善男善女が幾十人と土下座していて、法主の顔など見ようともせず、はっとひれ伏してありがたがっておるという光景を、事実知っておるのですが、茶器を見る人にもそういう傾向があるのです。