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なるとひちょう
鳴門秘帖
吉川 英治
03 木曾の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 页
ひどく山の荒れた晩があった。翌朝みると、一本の山栗の大木が、柵をくずして仆れていた。山番の者がそれを繕いにこないうちに、かれはその朽木を引き入れて、草むらの中に隠しておいた。
春の夜も、山荒れのあと二、三日は、冬のような月の冴え方をしていた。世阿弥は真夜中ごろになって、獣のように、間者牢から這いだした。
かれは、青白い月魄をあびて、鬼のように働いた。やがて柵に攀じて外へ辷り出したかと思うと、世阿弥は、隠しておいた朽木を激流の岩に架けて、飛沫のかかる丸木の上を這って渡った。
「俵殿、俵殿……」
やっと尋ねあてた石子牢を覗いて、こう呼んだのは世阿弥である。パラパラパラパラ崖から小石が降っている。その断壁面の荒い岩肌に、藤の森から青い月がさしていた。
「一八郎殿……」と、もう一度、石と石との間をかき分けて、世阿弥が声をかけるとややあって、
「うウ……、た、たれだ!」
と風穴の中で物音がした。――物音はしたが、一八郎もこの深夜に訪れたものを深く怪しんだとみえて、めったに穴口へ顔を寄せてこない。
「俵一八郎殿……。わしは甲賀世阿弥と申すものでござる。阿波の者ではござらぬ。