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なるとひちょう
鳴門秘帖
吉川 英治
03 木曾の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 页
「だが、ちょッと待ちねえ。うちの旦那は、お前のような者たあ知合いがねえ筈だぜ」
「向うで知らなくっても、こちらさまはよくご存じの者だからしかたがねえ」
「しかたがねえという法があるものか。どこの馬の骨だか牛の骨だか分らぬ者に、なんで旦那が逢うものか、はるばる行ってみるだけ無駄骨だ」
「ご親切はありがてえが、よけいなことはいって貰うめえ」
「なにを」
「およしッ――宅助」お米はあわてて目で止めた。この人気のない山郷で、間違いでもあられた日には、女はどうする術もない。殊に、隼のような三次のまなざしを見ただけでも、そんな手軽いコケ脅しに怖じて、後へ引っ返すような生やさしい食いつめ者でないことは分り過ぎている。
それよりは、一刻も早く、啓之助や原士たちのいる剣山の麓へ辿りつくことを急いだ方がよいと、お米は息ぎれをこらえつづけた。
つるぎ山の麓口に、原始的な一部落がある。巨大な石材や自然木の柵に囲まれている建物は、原士の詰めている山番所、その向うに目付屋敷が見えた。その附近に散在しているのは、つるぎ山を見廻る小者小屋や、土佐境の関所へ交代してゆく山役人の溜りなどである。