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なるとひちょう

鳴門秘帖

吉川 英治

03 木曾の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 页

青空文庫

「いいでしょう、ほんとに」

その姿を見るともなしに見やりながら、啓之助は腕枕をかって、グッタリと横に寝ている、酒がさめたような血色をして、

「そんなにも大阪が恋しいか」

「そりゃあ……」

髪へ手を当てたまま、そこらに落ちた鬢止めを目で探して――

「生れた土地ですもの。それに、アアして、不意に来てしまったのですもの」

啓之助も、少し哀れげを催して、「じゃ、きっと半月ぐらいで帰ってこいよ」

「行ってもよろしゅうございますか」

「うむ」

「では、これから帰って、すぐに支度や何かをして」

女が、苦もなく急きだすのを見ると、かれの心はまた、たやすく手離したくないように動きだして、

「だが? ……まあ待て」と重苦しい口を濁して、そして、何かいおうとしたことまで黙ってしまった。お米は、かれの遅疑をみると、「いいとおっしゃったのでしょう、ね、あなた」

あわてて、一生懸命に、啓之助のそばへすりよって、男の体を抱くように、

「じらさないで、後生ですから」

と、機嫌をとると、

「エイ、娼婦みたいな真似をするな」

啓之助は、かえって癇にふれた声をして、お米を突き放して起き上がりざま、ふところからつかみだした船切手の木札を、女の膝へ叩きつけた。