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かもめ

鴎

太宰 治

「知性」1940(昭和15)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,451 字 · 23 页

青空文庫

きっと私を、いま少し出世させてやろうと思って、私の様子を見に来てくれたのにちがいないと、その来客の厚志が、よくわかっているだけに、なおさら、自身のぶざまが、やり切れない。お客が帰って、私は机の前に呆然と坐って、暮れかけている武蔵野の畑を眺めた。別段、あらたまった感慨もない。ただ、やり切れなく侘びしい。

なんじを訴うる者と共に途に在るうちに、早く和解せよ。恐らくは、訴うる者なんじを審判人にわたし、審判人は下役にわたし、遂になんじは獄に入れられん。誠に、なんじに告ぐ、一厘も残りなく償わずば、其処を出づること能わじ。(マタイ五の二十五、六。)これあ、おれにも、もういちど地獄が来るのかな? と、ふと思う。おそろしく底から、ごうと地鳴が聞えるような不安である。私だけであろうか。

「おい、お金をくれ。いくらある?」

「さあ、四、五円はございましょう。」

「使ってもいいか。」

「ええ、少しは残して下さいね。」

「わかってる。九時ごろ迄には帰る。」

私は妻から財布を受け取って、外へ出る。もう暮れている。霧が薄くかかっている。

三鷹駅ちかくの、すし屋にはいった。酒をくれ。なんという、だらしない言葉だ。