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つるはやみき
鶴は病みき
岡本 かの子
「文学界」1936(昭和11)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,495 字 · 53 页
結局葉子の良人の友人は葉子達をH屋の一棟へ案内した。H屋は京都を本店にし、東京を支店にし、そのまた支店で別荘のような料亭を鎌倉に建てたのであったが商売不振の為め今年は母屋を交ぜた三棟四棟を避暑客の貸間に当て、京都風の手軽料理で、若主人夫婦がその賄に当ろうと云うのであった。
母屋に近い藤棚のついた二間打ち抜きの部屋と一番端れの神楽堂のような建て前の棟はもう借手がついていた。真中の極普通な割り合いに上品な一棟が、まだあいていたのを葉子達は借りることに極めた。どの棟の部屋もみな一側面は同じ芝生の広庭に面し、一側面は凡て廊下で連絡していた。
決めて帰りがけに葉子達は神楽堂の方の借主をどんな人達かと聞いて見た。五六人取り交ぜたブルジョアの坊ちゃんで、若いサラリーマンや大学生達だとの事、それから藤棚の方はと聞いた時、
「麻川荘之介さん、あの文士の。」
H屋の若主人は(好いお連れ様で)と云わんばかりにやや同業者の葉子達の方を見た。
「ほう。」
葉子の良人は無心のように云ったが、葉子はいくらか胸にこたえてはっとした。
麻川荘之介と云えば、その頃、葉子より年こそ二つ三つ上でしか無かったが、葉子にはかなり眩しい様な小説道の大家であった。