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ばくせきざんそぞうのしさするもの

麦積山塑像の示唆するもの

和辻 哲郎

名取洋之助「麦積山石窟」岩波書店、1957(昭和32)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,507 字 · 9 页

青空文庫

今名取君の撮影して来た写真を見ていると、あの時の空想がすっかり実現されて来たような気持ちになる。麦積山の創始の時代、すなわち五世紀から六世紀へかけての時代には、中央アジアはまだあまり荒廃せず、盛んな文化創造をやっていたはずである。従ってあの地方の諸都市に、ちょうどそのころガンダーラからアフガニスタンへかけて栄えていた塑像の技術が伝わっていたろうことも、疑う余地がない。ところでこのインド・ギリシア的な彫刻の様式が、初期のガンダーラ仏像のように、主として石彫として伝わってくるのと、この場合のように塑像として伝わってくるのとでは、これらの諸都市における反応はよほど違ったであろう。タクラマカンの砂漠のあたりには、よい石材などはありそうに見えない。石彫の技術を木彫に移そうにも、よい木材などは一層ありそうにない。ただ漆喰と泥土とだけは、お手のものである。そうなると、塑像の技術が伝わって来たということは、ちょうどこの地方に栄え得る技術が伝わって来たことを意味する。それはまた塑像の技術が自由な創造の働きと結びつくことをも意味するであろう。かくしてこれらの諸都市に、ガンダーラ・アフガニスタンの塑像とは著しく異なった、中央アジア独特の塑像の様式が出現したとしても、少しも不思議なことはないのである。