轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

ばくせきざんそぞうのしさするもの

麦積山塑像の示唆するもの

和辻 哲郎

名取洋之助「麦積山石窟」岩波書店、1957(昭和32)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,507 字 · 9 页

青空文庫

麦積山の調査が行なわれたのは四年ほど前で、その報告も、すぐその翌年に出たのだそうであるが、わたくしはついに気づかずにいた。だから名取洋之助君が撮影して来た写真の一部を見せられた時には、突然のことで、どうもひどく驚かされたのであった。それは麦積山そのものが思いがけぬすばらしさを持っていたせいでもあるが、またそのすばらしさを突然われわれの目の前に持って来てくれた名取君の手腕、というのは、あまり前触れもなしにたった一人で出かけて行って、たった三日の間にあの巨大な岩山の遺蹟を、これほどまでにはっきりと、捕えてくることのできた名取君の手腕のせいであると思う。

それについて思い起こされるのは、この麦積山の遺蹟と好い対照をなしている雲岡石窟の写真を初めて見た時のことである。それは東京大学の工学部の赤煉瓦の建物があったころで、もう四十年ぐらい前になるかと思うが、木下杢太郎君にさそわれて、佐野利器博士を研究室に訪ね、伊藤忠太博士が撮影して来られた雲岡石窟の写真を見せてもらったのである。当時佐野博士はまだ若々しい颯爽とした新進建築学者であったし、木下杢太郎君はもっと若い青年であった。