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くろいてちょう

黒い手帳

久生 十蘭

「新青年」1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,026 字 · 38 页

青空文庫

今度は(赤1回―黒1回―赤1回―黒2回)……また始めへ戻って(1―1―1―2)という反覆運動だった。彼は機械的にそれに追従していたが、一時間ののち、ただの一度の失敗もなしに八十万法勝ちあげてしまった。これは仮想の賭博にすぎぬが、われわれはうず高い金貨の山と、厖大な銀行券の束をありありと机の上にながめる思いだった。

夫婦は酔ったような赤い顔をし、はげしい渇望の色をあらわしながら荒い息づかいをしていたが、細君がだしぬけに床に土下座をして彼の手をとった。

「助けて、ください」哀切きわまる眼つきで彼を見あげながら「どうぞ……そのシステム……」といった。

彼は守銭奴がその宝を隠すときのようにあわてふためいて手帳を内懐へおしこむと、悲哀とも憤怒ともつかぬ調子で「賭博に、システムはない」と叫んだ。そして荒々しく戸をあけて出ていった。

一、それから二日ばかりののち、自分はまた夫婦の部屋をおとずれた。自分が入ってゆくと夫は急に夕刊を取りあげて、いまタルジュ事件について論じていたところだったといった。夫婦はたった二日のうちにひどく憔悴してしまい、眼のまわりに黒い輪のようなものが出来ていた。