轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

くろいてちょう

黒い手帳

久生 十蘭

「新青年」1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,026 字 · 38 页

青空文庫

残された方法としては、対抗的に自分もまた亜砒酸の極微量を増量服用することである。命を賭けてまで観察にふけるほど愚ではない。

一、入ってゆくと亭主が飯ごしらえをしていた。妻君はとたずねると六階の看護をひきうけてそっちへ行っているとこたえた。役にも立たぬ一冊の古手帳のために夫婦は惨酷なる機会をつかんでしまった。彼が毒殺されるのはもはや時間の問題である。たぶん亜砒酸の過度の定服によって身体の諸機能を退行させられ、消えるように死んで行くのであろう。六階へ行くと彼は額にうっすら汗をかいて眠っていた。はかない冬の夕陽が顔にさしかけ一種蒼茫たる調子をあたえている。顔は急に彫が深くなり、鼻が聳え立っているようにみえる。抜群の精神と少年のごとき純真な魂をもったこの男は低雑下賤な夫婦のために殺される。自分は心のなかでいった。貴様はもう死ぬ……交会の日は浅かったが年来の友と死別するような悲哀の情を感じた。この男も薄命であった。

つぎの日の夜あけごろ。

前の廊下を駆け歩くあわただしい足音をきいた。扉をあけて走ってゆく妻をつかまえてきくと、彼が頑固な嘔吐をはじめたので医者を迎えに行くところだとこたえた。