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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

啓太郎でもいりゃあ、俺も気が強えんだが、俺一人じゃあ、気が弱くなるのも無理はねえさ。一番大事なこたあ、年が若くって、……豪い者になることだ。」

父はもう私に話しかけてるのでもなかった。杯の酒を見い見い、時々それをぐっとあおっては、ぐずぐず饒舌り続けていた。母はそんなことには頓着なく、小皿の物をつまんだり、自分でもお酒を飲んだりしていた。

おかしな状態だった。がなおおかしなことには、父はいつのまにか仏壇の方へにじり寄って、新らしい位牌と睨めっこをしていた。

「いつまでつけっ放しにしてるんだ。火事でも起したらどうする。」

父はさも忌々しそうにそう云って、よろよろ立ち上りながら、燃えつきようとしてる蝋燭の火を吹き消したが、その後にまた新らしい蝋燭をともした。

「明るくなったろう、ははは。」

そこに屈みこんで、銚子と杯とを両手に取って、仏壇と差向いに酒を飲み初めた。そしていつしか、南無阿弥陀仏を口の中で唱えだして、身体をふらふら揺っていたが、そのまま横のめりに寝入ってしまった。

「仕様がないね。」

母は独語ちながら、父の上に蒲団をかけてやった。

父のところへは、時々仲間の職工達が一人二人ずつやって来て、十分か二十分くらいしては帰っていった。