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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

」

もし他に通行人がなかったら、寺田さんは私の両肩を抱きしめたかも知れない。

私は寺田さんを怒らしたように思っていたので、その如何にも愉快でたまらなそうな晴々とした顔を見て、きょとんとしてしまった。寺田さんは私の肩になお右手を置いたまま、左の短い感じの手で※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)のしょぼ髯をしごきながら、眼をくるくるさしていた。

「星がついてくるか……うむ……。」

その言葉が何でそれほど寺田さんを感心さしたのか、私には分らなかった。――今でもまだよく分らない。

ただ、実に綺麗な星空だった。

大晦日の晩寺田さんの逃亡が分ったので、それからすぐに引続いた正月は、私達にとっていつもほど晴れやかなものではなかった。その上父までが職を離れたばかりのところだった。

「俺はもう世の中に用のねえ身体だから、この正月は家にすっこんで暮そう。」

「何を云ってるんだい、縁起でもない。……松が過ぎたら、元気を出して仕事でも探しに出歩いてくるがいいよ。」

父と母とがそんな風な応対をしてるのを見ると、私は頼り無いような気持になった。それでも、食べ物の方はいつもより御馳走があるようだった。