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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

」

「教わらなくたって、石くらい放れるよ。」

「え。」

「放ってみせようか。あの木だって越せるよ。」

「そう……。」

曖昧な返辞をしておいて、それからふいに彼女はあはははと笑い出した。こないだのとはまるで違った、男のような笑い方だった。

「あっちから廻っていらっしゃいよ。誰もいないわ。」

私が一足も動かないうちに、障子はもう閉っていた。

私は木戸を押し開けて、縁側の方に廻った。

「何をぐずぐずしてるの。」

私は思いきって上っていった。

彼女は顔の化粧を直してるところだった。後ろ向きになって、私の方を鏡の中に映してみながら、猫のような手付で気忙しく顔をこすっていた。その目まぐるしいほどの手の運動と、鏡の端に映った自分の顔半分とに、私はすっかり気圧されて、顔を外向けながら室の中を見廻した。

寺田さんの時とは全く違ってしまっていた。薄暗くがらんとして而もちゃんと整ってたのが、今は乱雑に散らかってぱっと明るかった。柱にかかってる着物や、座布団や炬燵布団や、鏡台のまわりの化粧壜や、机の上に盛り上ってる雑誌や小箱や人形など、どれもこれも手当り次第に放り出されて派手な明るい色に浮出していた。