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こくてん
黒点
豊島 与志雄
――或る青年の「回想記」の一節――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页
そして室の隅には、油の肖像画が一枚不似合に置いてあった。
やがてお清は化粧刷毛を投げ出して向き直った。
「そんなところに坐って、何してるの。」
私はむっつりして顔を外らしていた。
「あ、あの絵、あれはあたしを書いたのよ。展覧会にも通った立派な画家のよ。似てるでしょう。」
然しちっとも似てないように私には思えた。
それから彼女は私にいろんな物を見せた。写真だの絵葉書だの函迫だの人形だの……。小さな人形が沢山あるのに私は驚いた。
そんなことをしてるうちに、遠くで私の名を呼んでる母の声がしたので、私は急いで帰っていった。凡てが何だか夢のようだった。
母は控え目な小言を云った。
「やたらに遊びにいっちゃいけないよ。行くなら断っておいで。」
然し私は平気だった。平気よりも寧ろ心が浮々していた。お清の側にいる時は気がつかなかったが、姉の道具にも嗅いだことのない甘い涼しい香が、いつまでも鼻に残っていた。
そして私はお清に親しんでいった。
その上私には他の目論見もあった。知らず識らずいつのまにか考えついたことだった。
私達兄弟はちりぢりになっていた。一番上の兄の啓太郎は死んでいた。