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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

けれども、その時私は、そんなことは一度に消し飛んでしまうほど驚いた。父がじいっと私を睨みつけていた。髯の伸びかかった兇悪な方の顔付で、眼を底光らせて、探るように見つめていた。私は胸の底まで冷りとした。

その眼付が後まで胸に残っていた。殺されるかも知れないという気がした。私は父が恐ろしくなった。

私は父を恐れたために父を観察するようになった。するとやがて、父の心の秘密な動きが分ってきた。

父は時々山本屋から古釘を持ってきては、それを鉄板と金槌とで真直になおしていた。その音を母が煩さがるので、よく裏口でやっていた。

そういう時の父や、また酒を飲んでる時の父は、職に離れた如何にも気の毒な老職工だった。また炬燵にしがみついてぼんやりしてる時の父は、世間に対する不平と諦めとの中にある廃残者だった。けれども、そういう父の中から、時々、電気にでも触れるような不気味なものが覗き出した。炬燵によりかかりながら、じっと空を見つめて、一心に幻を追ってるような眼付になることがあった。それが、お清に出逢うと更にひどかった。お清の身体のどこといわず眼の落ちたところを、しつっこく見つめていた。