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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

「酒は沢山あるから、いいだけおあがりよ。わたしも一杯やってみよう。」

焼※の匂いがしてきたので、私は寝返りをしたり、欠伸をしてみたりした。

「まだ起きてるのかい。」と母がこちらの室を覗き込んできた。

「うむー……。」と私は生返辞をした。「何時だろう。」

「なにを生意気なこと云ってるんだい。眼がさめてるなら起きておいでよ。」

母の声は案外やさしかった。で私は飛び起きて、着物をひっかけながら、炬燵の方へもぐりこんでいった。

餉台の上には、蛸の足だの※だの海苔などが並んでいた。父はそれらのものには手もつけないで、ただ酒ばかり飲んでいた。それもいつものように濁酒ではなかった。私は※を貰ってしゃぶった。

「啓太郎でもいてくれると、これからのわたし達も楽なんだがね。」

そんなことを母はしみじみと云い出していた。それから暫く話は啓太郎のことになっていった。私は何となく嬉しかった。父母がそんな風にしんみりと彼のことを話すのを、私は余り見たことがなかったのである。

私は長兄啓太郎については、非常に清らかな記憶を持っていた。彼の死骸が砲兵工廠から運ばれてきた時、私はまだ六歳にしかなっていなかったが、彼が死んだとはどうしても思えなかった。