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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

母はまた南無阿弥陀仏を初めていた。

「止しなったら……止せよ。」

父はひどく癇癪を起してるらしかった。その拍子に、銚子を一本ひっくり返してしまった。

「それごらんな仏様の罰があたったんだ。」

「なに、仏様の罰だって……。あたるならあたってみろ。どこからでもあたってみろ。」

私は驚いて、台所から雑巾を持って来た。が母はそれをひったくって、自分で畳を拭いた。それから銚子の酒を代えたりした。

「うむ、慾張りめ、八百円がそんなに有難えか。」

父はまだむしゃくしゃしてるらしかった。が母はやはり落付き払っていた。

「ええ、どうせそうだろうよ。わたしはこれでもね、自分の息子を殺されて、その涙金の二百円ぽっちりの金を、お辞儀をして貰ってきやしないよ。」

「何だと、誰がお辞儀をした。さあ云ってみねえ、誰がお辞儀をした。」

然し父はもう酔っ払って、お辞儀みたいに頭をふらふらやっていた。それをきょとんと振立てて、私をじっと眺めた。

「おや、とんちきな真面目くさった顔をしてるじゃねえか。うむそうか、お前は豪い者になるんだったな。何でもいいから豪い者になれよ、いつまでも、世の中に用が無くならねえようにな。