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ケーからキューまで
KからQまで
寺田 寅彦
「文芸評論」1933(昭和8)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,869 字 · 8 页
円タクで白山坂上にさしかかると、六十恰好の巌丈な仕事師上がりらしい爺さんが、浴衣がけで車の前を蹣跚として歩いて行く。丁度安全地帯の脇の狭い処で、車をかわす余地がない。警笛を鳴らしても爺さんは知らぬ顔で一向によける意志はないようである。安全地帯に立って見ていた二、三人連れの大学生の一人が運転手の方を覗き込んで、大声で、「ソートーなもんじゃー」と云った。傍観者の立場からの批判を表明したのである。運転手は苦笑しながら、なおも、ゆるやかに警笛を鳴らした。乗客の自分も失笑したが、とにかくこの流行言葉にはどこか若干の「俳諧」がある。
五
盲や聾から考えると普通の人間は二重人格のように思われるかもしれない。性格分裂者のように見えるかもしれない。時によって「眼の人」になったり、また時によっては「耳の人」になる。そうして「眼の人」と「耳の人」とは、必ずしも矛盾しないとは限らないからである。
六
銀座四丁目から数寄屋橋まで歩いて、それから廻れ右をして帰って来るとやはりもとの同じ銀座四丁目に帰って来る。廻れ右の代りに廻れ左をして帰っても同じである。