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ジ アフェア オブ トゥー ウォッチイズ

The Affair of Two Watches

谷崎 潤一郎

「新思潮」1910(明治43)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,107 字 · 27 页

青空文庫

幾度か夢中になって、「死にそうだ、助けて呉れ。」と云いつゝ隣のお客に武者振り付こうとしたが、そうすればもう狂人になると思って、ジッと堪えて居た。

水天宮前で電車を下りるや否や、渾身の意識を、「駈ける。」という一点に集めて箱崎町の家迄奔馬の如くポンポン駈けって行った。

「何だってこんなに晩く帰って来るんだ。」

と、親父が奥から起きて来て叱ったが、そんな事を恐ろしがって居る所じゃない。早く闇から逃れたい一心に、大急ぎで二階の居間へ上り、二つのランプへ燈火をカン/\つけて見た。けれども依然として不安なので、今度はソッと台所へ忍び込み、樽の口から冷めたい液を腹の中へ滾々と注ぎ込んだ。するとカーッと暖まって体中に凍り付いて居た恐怖が次第々々に溶けて行った。

翌朝眼を開くと、私は口をアングリ開いて仰向けに臥て居た。一と晩の間締め切った四畳半の空気はランプの油煙や人蒸気で息がつまるように熱苦しい。寝床の上の硝子窓から朝日が毒々しく照って、瞳がクラクラする。私の頭の中は瓶のように空虚になって居て、石ころが二つ三つ入れてあるらしく、それが頸を振る度毎に中で彼方此方へゴロゴロ転がり廻った。