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あのかお

あの顔

大倉 燁子

「ロック 三巻六号」1948(昭和23)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,009 字 · 22 页

青空文庫

博士はその紹介状を受取って、封をきり、眼を通していたが、

「不思議な人からの紹介だな」と云って、ぽいと夫人の手へ投げた。

「まあ、ミシェル神父様からの御紹介状ですのねえ、あなた、神父様御存じなの?」

「うむ。僕は若い頃熱心な天主教徒だったんだよ。いまは大なまけだが――、しかし、形式的のつとめこそ怠っているが、心は昔と少しも変らない信者なんだ。二十何年前僕はミシェル神父様の手で洗礼をさずけて頂いた。しかし、よくまあ神父様は覚えていられたものだなあ」と、博士は愉快そうに起って、自ら玄関に訪問客を迎え、横手の応接室に通した。

「どんな御用件なんでしょうか?」と、ゆったりと煙草に火を点けた。

女は夫人の言葉通りに小刻みに体を震わせながら、暗い隅に腰かけて顔も上げ得ないのだった。三十か、あるいは四五にもなっているかも知れないが、痩せた青い顔に憂慮と不安のいろが漂い、神経質らしい太い眉を深く寄せている。紹介状には川島浪子とだけ書いてあって、人妻か未亡人か、どういう身分の婦人であるかがまるでわからなかった。夜中、殊に突然飛び込んで来る客には何かしら深い事情のある人が多かったので、彼は心の中で仔細があるなとうなずいた。