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あのかお

あの顔

大倉 燁子

「ロック 三巻六号」1948(昭和23)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,009 字 · 22 页

青空文庫

「何十年たったって、あなたを忘れるなんて――」そんなことがあって、どうするものかと、つい口の先まで出かかったのをぐっと呑み込んで、

「いくら健忘症の僕でも、あの頃のことだけは忘れませんよ」

「じゃあ、いまでも怒っていらっしゃる? 私が結婚したことを――」

博士は烈しく首を振って、

「いいや。決して、――あなたは僕のような貧乏書生と結婚しては幸福になれないからいやだとはっきり云ってくれたから、僕は反って思い切れたんですよ。間もなく浪子さんが金持の後妻になったと聞いた時、その方があなたのためには幸福なんだろうと思って、祝福していた位ですもの、そのかたとは?」

「死別しました。先妻の息子が相続人だったので、私は離婚して川島と再婚しました」

「それで、――あなたは幸福に暮らしていられるんでしょうな」と云ったが、みなりこそ立派だが、見違えるほど面瘻れした彼女を見ては幸福な生活をしている者とはどうしたって思われなかった。

彼女は悲しげに少時しょんぼりとうなだれていたが、

「先生は、今朝の新聞を御らんになりましたか?」

と、きっと顔を上げて訊いた。

「見ましたが?」

「あの、――ある青年が、あやまって赤ン坊を殺した記事をお読みになったでしょう?」