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いしがおごる

いしが奢る

山本 周五郎

「サンデー毎日臨時増刊仲秋特別号」毎日新聞出版、1952(昭和27)年10月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,304 字 · 45 页

青空文庫

「いつもの癖ってなんだ」

「こういうお顔をなさるわ」

いしは唇をむすんで上へ歪めてみせた。保馬はちょっとどきっとした。自分ではその癖が出ないことには気がつかなかった。

「澄ましていらっしゃると怖いけれど」といしはあまえるように云った、「こういうお顔をなさると、それはやさしくみえて、わって云いたいくらい嬉しくなるんです」

「いしのいい人もそうするのか」

「いやですわ、どうして話しをおそらしなさいますの」

「おまえが隠してばかりいるからさ」

と保馬はいしの顔を見た。

「いしは少しもいい人のことを話さないじゃないか」

「だって関わりのないことなんですもの」

「関わりはあるさ」

保馬の声に棘があったのか、それとも自分の心に咎めたのか、いしははっとしたような眼で保馬を見た。それが保馬を逆に打った、いしに咎はない、いしは不当な役を負わされているだけだ。保馬はしいて笑ったが、歪んだ笑いだということが自分にもわかった。

「おれはいしが好きだ」と彼は云った、「いしが誰よりも仕合せであるようにと、いつも願っている、本当にそう願っているんだ、だからその人が、いしを仕合せにすることのできる人間かどうかを知りたいんだ」