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いしがおごる

いしが奢る

山本 周五郎

「サンデー毎日臨時増刊仲秋特別号」毎日新聞出版、1952(昭和27)年10月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,304 字 · 45 页

青空文庫

まもなく急に酔いだしたようすで、うるんできた眼をきらきらさせ、まともに保馬を見て口を切った。

「あたし今日はほんとのことを云いたいんですけれど、いいでしょうか」

「云わなければならないのか」

「それでないと苦しくって」盃を持ついしの手が震えた、「もう苦しくって、がまんができなくなったんです」

保馬はいしに酌をしてやった。いしはそれを呷るように飲み、こんどは頭を力なく垂れた。

「でもあたし、云えないかしら」

「云わなくってもわかるよ」

「でもあたし云いたいんです」

保馬は黙った。いしは盃を置いた、なかなか言葉が出ないとみえ、荒く息をつきながら、絡み合せた両手の指を揉みしぼった。

「初めはなんでもなかったんです」といしは低い声で云いだした、「ただ掬水亭のことがあるので、遠慮のない気持でいました、それがおめにかかるたびに、だんだん好きになってきて、そうなってはいけないのに、しまいには一日じゅう、貴方のことばかり考えるようになってしまいました」

「そう聞いたって驚きゃしないよ」

「ええ、――」いしは頷いた、「それもわかっていましたわ、保馬さまもいしを好いていて下さる、そう思っても己惚れではないだろうって……だからよけいに苦しかったんです、貴方も好いていて下さるし、いしは貴方を死ぬほども好きなのに、……ええそうです、いしは保馬さま