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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

いくらかましなくらしをしようと思えば、人にまねのできない仕事、誰も気づかないくふう、新しい手、といったものを作り出さなければならない。それはいつもたやすいことじゃあない、ほんの爪の先ほどのくふうでも、あぶら汗をながし、しんの萎えるほど苦しむことが少なくない。だからこそ、一とくふう仕上げたよろこびも大きいのだろう。男にとっては、惚れた女をくどきおとすより、そういうときのよろこびのほうが深く大きいものだ。女との情事はめしのようだと云っては悪いか。人間が腹がへるとめしが食いたくなるが、喰べてしまえばめしのことなどは考えない。おれはわりにおくてだったが、それでもおさんと夫婦になるまえにかなりな数の女を知っていた。いろ恋というのではない、ちょうど腹がへってめしを食うようにだ。あとはさっぱりして、大部分の相手が顔も名も覚えてはいなかった。なかにいた女とは二年越し馴染んだけれども、ただ口に馴れたという気やすさのためだったと思う。そんなふうだから、おさんのことなども眼にはいらなかったのだが、夫婦になってからは、それがびっくりするほど変った。夫婦の情事は空腹を満たすものではない、そういうものとはまるで違うのだ。