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おばなさわ

おばな沢

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页

青空文庫

英之助は、すぐ出張しなければならないので、盃の済んだあとゆるしを得て、節子の病間へゆき、そこでしばらく話をした。

「この部屋を見るのは初めてだな、ここで寝ていらっしゃるんですね」

彼はなつかしそうな眼で、幾たびも部屋の中を眺めまわした。そこは彬斎といった祖父が老後に使っていた部屋で、風とおしがいいのと日がよく当るのとで、医者がすすめて病間にしたものである。

障子の外は濡縁になっており、向うは卯木の生垣をまわして、広庭と仕切りができている。ちょうどその生垣の卯花がさかりで、まだ小さい若葉の緑とまっ白な花とが、雨に濡れてひときわ鮮やかに見えた。

「相良がいつかあなたに申し込んだことがあるそうですね」

話の合間に、彼はとつぜんこう問いかけた。

「御両親は承知なさろうとしたのに、あなたがいやでお断わりになった。そういうことを聞いたんですが、本当ですか」

「――さあ、そんなこともあったようですけれど」

節子は、とまどいをしたように眼を伏せた。

「――わたくしもう、よくおぼえておりませんですわ」

相良とのいきさつは、彼は知っている筈である。現にいちど彼はそういう意味のことを云ったことがあった。