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おみな

おみな

坂口 安吾

「作品 第六巻第十二号」1935(昭和10)年12月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,437 字 · 11 页

青空文庫

友達は顔色を変えて驚いた。

「母は」と彼は吐きだす如く強く言った。

「父の生きてる間というもの、父と結婚したことを後悔しつづけていたよ。父の死後は、ひとすじに憎みつづけているばかりだよ」

私の頭がのどかに廻転を失っている。私は彼の父親の在世の頃を思いだす。玄関に立つと、家内の気配が荒廃し恰も寒風吹きみちた廃屋に立つようであった。その気配をいやがり訪れることを躊躇した人々の顔も浮んできた。

「だからさ」私はなんのきっかけもなくふと言いだして、何も知らない友達に、食ってかかる激しさで喋っている。

「だからさ、モナリザの眼、聖母の乳房を畏れるうちは、行路の代りには喜びが、悲しみの代りには自殺が、あるにすぎないと言うのだ。それらは退屈で罪悪だ! モナリザに、聖母に鞭をふりあげろ。そこから悲しみの門がひらかれ、一切の行路がはじまる。真実や美しいものは誰にも好かれる。誰しも好きに決っているさ。然しそれは、喜びか自殺の代償でしかないじゃないか! 友よ、笑い給うな! 俺を生かしてくれるものは、嘘と汚辱の中にだけ養われているものなんだぜ」

私は言いながら泣きだしそうになっている、或いは今にも怒りだして喚きそうになっている。