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おもかげ

おもかげ

宮本 百合子

「新潮」1940(昭和15)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,997 字 · 20 页

青空文庫

それを見て、朝子は口が利けなかった。それほど、保の表情には、しずかさや平和を切望する色が、殆ど肉体の必要のように滲み出ていたのであった。

その時から四五年経っている。けれども今、外国の下宿の真昼の露台で朝子の思い出の中に甦って来たそのときの保の顔つきと、一番最近の印象にある保の表情とは、そういえば、何と似ているだろう。朝子の出発がきまったとき、庭で家族が写真を撮した。両親の間に朝子がかけた。朝子と母親との間にあたる後列に、おかっぱに白リボンをつけたつや子と並んで保が立った。その写真のなかで保は高校の制服をきちんとつけて、大柄なゆったりとした態度で立っているのだけれども、口を結び、瞼をぱっちりとあけきらず半眼のようにしてその下から瞳の閃きを見せている。その表情を細かく思い浮べると、朝子は我を忘れて揺椅子から立ち上った。

もう一つ思い出したことがある。あの時、保は何と云ったのだったろう。駒沢の奥にあった素子と二人住の家を畳んで、本をつめたビール箱を、佐々の家へ運んで来た。なかで、もし欲しいと云ってよこしたら送って貰いたいという分を別にして、保を呼んで見ておいてくれと頼んだ。