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かんかんむし
かんかん虫
有島 武郎
「白樺」1910(明治43)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,483 字 · 23 页
それ迄はいい、それ迄は難は無えんだが、それから三日許り経つと、イフヒムの野郎が颶風の様に駆け込で来やがった。
「イフヒムの野郎」と云った時、ヤコフ・イリイッチは再び胴の間を見返った。話がはずんで思わず募った癇高な声が、もう一度押しつぶされて最低音になる。気が付いて見ると又日影が移って、彼は半身日の中に坐って居るので、私は黙ったまま座を譲ったが、彼は動こうとはしなかった。船員が食うのであろう、馬鈴薯と塩肉とをバタで揚げる香いが、蒸暑く二人に逼った。
海は依然として、ちゃぶりちゃぶりと階律を合せて居る。ヤコフ・イリイッチはもう一度イフヒムを振り返って見ながら、押しつぶした儘の声で、
見ろい、あの切目の長げえ眼をぎろっとむいて、其奴が血走って、からっきし狂人見てえだった。筋が吊ったか舌も廻ら無え、「何んだってカチヤを出した」と固唾をのみながらぬかしやがる。
「出したいから出した迄だ、別に所以のある筈は無え。親が己れの阿魔を、救主に奉ろうが、ユダに嫁にやろうが、お前っちの世話には相成ら無え。些度物には理解を附けねえ。当世は金のある所に玉がよるんだ。それが当世って云うんだ。