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くちなし

くちなし

宮本 百合子

「中央公論」1938(昭和13)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,907 字 · 8 页

青空文庫

そして、その負傷のしかたが、突撃中ではなく、而もいかにもまざまざと戦地の中に置かれた身の姿を思い描かしめるような事情においてであった。謂わば平凡な文字の上に、暗い河北省の闇とそこに閃く光が濃く且つ鋭く走ったような事情である。

あの顔に向う疵では、間の抜けた丹下左膳だねと笑いながら、すぐ註文の薬品その他を揃える仕度にとりかかった。

今年四つになる男の児がいて、その児は河北の夜に倒れたものの又従弟とでもいうつづきあいにあたっている。慰問袋を女が三人あつまって拵えているわきでその児が見物していたが、やがて、それなんなの、ときいた。「アア坊知ってるだろう、ヤーホーじちちゃん。」「知ってるよ。」「ヤーホーじちちゃんがね、支那の兵隊さんにコツンやられて痛々いしたから、お薬送ってあげるのさ。」「フーン。」男の児は両方の白眼を凝らすように気をいれて何か考えている風だったが、やがて、オリーヴ色のスウェタアから出ている小さな頭をふって、ちがうよ、と云った。ちがうじゃないか、ヤーホーじちちゃんが支那の兵隊さん、コツンしたんだよ。と云った。その児の母親もそこにいて、そうじゃないんですよ、と罐づめを袋にいれながら教えた。