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くちなし
くちなし
宮本 百合子
「中央公論」1938(昭和13)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,907 字 · 8 页
組の現場監督の下の親父と、その下につかわれている労働者たちとの関係は、親父が社宅をぶらりぶらり見てまわって、そこに作ってある野菜なんか、一声かけて、さっさと気に入ったのを抜いてゆくという風であるそうだ。親父の息子と喧嘩すると、その子の親たちは顔色をかえる。娘やおかみさんとしてはそのほかになかなか安心ならない親父対女の事情まである。
直接この話と関係はないが、先達て汽車の中で隣席の男が大きな声で、いやア、あの男はやりおる。何しろ君、工場の主だった者あ毎晩のように芸者買いさせとるんだから、と云った。するとその連れが、疑わしげにニヤニヤしながら、土台本人が好きなのさ、と云った。そして、そういうことをする者があるから、はたが困るよと云いながら、どういうわけか、頻りに腹がわるいんならこれに限ると紙コップについだビールを対手に押しつけてすすめていた。
〔一九三八年一月〕