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くちなし

くちなし

宮本 百合子

「中央公論」1938(昭和13)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,907 字 · 8 页

青空文庫

某大銀行の持っているドックで働いている人で、自分のものが時節柄欲しくなったのであろう。ごたついているところに目をつけて、例の満州へよく行く人物を、技術家の代理と称さして、先代と口約を交してあった後継息子のところへ株を貰いにやった。頼まれた人物は創立当時の価格でそれをうまく受けとって、現価で依頼人に売った。そのことは、半ヵ月も経って初めて技術家にわかった。技術家はそのようにして、今日二十年来の資産の大半を失ったのである。

こういう有様で、その四十万円の修繕をやるにつけても、ドック会社は現金欠乏であった。そこで会社は材料を持つだけにして、労働者の方は、夫々の組から入れさせることにした。組が入れた労働者には、工場法が適用されない。そのこともあるのであった。

会社のやりくりがうまくゆかないときには組が賃銀を立てかえる。急な設備がいるとなると、これまた組がやることになる。重り重った借金を会社は株で払うしか方法がなかったので、昨今の景気は或る組を相当な株主にしてしまった。仕事があっても、これでは儲けが皆組へ行ってしまって、会社は益々貧血するので、あるところに廃工場となっていたのを復活させて、それを組にやって、吸血をまぬかれたというのである。