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こがらし

こがらし

岩本 素白

――南駅余情――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,845 字 · 6 页

青空文庫

それは大風の日、神田から火事が出ると、きまって京橋鉄砲洲まで燃え抜けるという伝えを、常々年寄達も云って居たし、現に近頃神田に起った火事が、翌日の午後になってもまだ消えずに居たことを知って居るからであった。当時町なかでない静かな所に住んで居た私の家にさえ、一人々々が背負うように、連尺という紐の着いた小つづらが残って居たし、又火事の時に雑物を入れて運び出すために、用心籠と称する長持のような大きな竹籠が用意されて居た程であった。

そういう晩秋の或る日、私が独りで外で遊んで居ると、不意に耳近くビューという、而もそれが多少高低曲折のある、いやむしろ微妙なと云ってもよい程の風の音のするのに気がついた。見るとそれは、直ぐ近くに掛けてある物干竿の一本が鳴って居るのであった。遠く近く集って一つの声になって居るこがらしの声は何時も聞いて居たが、こう身近な一つの物に風が当って、而もそれが微妙な音を立てて居るのに気がついたのは初めてであった。少年の私は「こがらし」の正体を見付けたような気がして、此の何でもない不思議に暫く注意を集めて居た。こういう、東京もこがらしの烈しかった時代に、私は品川の奥に住んで御殿山の小学校に通って居た。