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このころのこうたいしでんか

この頃の皇太子殿下

小泉 信三

「文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,512 字 · 9 页

青空文庫

このメリイ息女は、前に親王の亡くなった兄クラレンス公と婚約のあった人である。クラレンス公には、前に別に縁談があったが、まとまらず、漸くメリイとの婚約が出来たが、一月あまりしてインフルエンザで亡くなった。弟親王の方にも縁談はあったが、進行せずにいる中に、兄君が亡くなったので、祖母のヴィクトリア女王は、親王とメリイとが婚約してくれれば都合が好い、と思うようになり、それを親王自身にもいい、父の皇太子も賛成した。

それで、親王は一八九三年の五月二日、すぐ下の妹であるファイフ公爵夫人を、田舎の邸宅に尋ねて、そこに泊り、その家にメリイ息女も来るよう手配されてあったのであろう。翌日は晴れて、夏のように暑い日であったというが、この邸宅の庭で、親王は息女にプロポーズし、息女はこれを受けた。

これがジョージ五世の生涯の幸福であった。こうして彼は智的刺戟と家庭の和楽とを与え、すべての重荷を分かち、すべての歓びを高める妻を得た、と著者は書いている。王は妻の助けということを、日記にも記し、践祚の告辞のような公けの言葉の中にも、わが人民の幸福のためにする、すべての努力に当り、常にわが妻の在ってわれを輔けることを思い、力づけられる、というようなことをいった。