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さかずきのりんね
さかずきの輪廻
小川 未明
「婦人公論 9巻1号」1924(大正13)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,603 字 · 21 页
「だれが、買っていったか、わからないでしょうか?」と、彼は、なんとなく、あきらめかねるので聞きました。
「あなた、この広い東京ですもの……。」といって、男は、きつねのような顔つきをして、皮肉な笑い方をしたのです。
彼は、それに対して、このときだけは、怒る勇気すらありませんでした。
「なるほどそうだ。」と思いました。
東京の街は、広いのでした。大海に、石を投げたようなものです。小さな、一つのさかずきはこの繁華な、わくがように、どよめきの起こる都会のどこにいったかしれたものではありません。
そう考えると、彼は、絶望を感ずるより、ほかにはないのでした。
しかし、また、それは、どこかに存在しなければならぬものでした。
そのさかずきを、買った人は、日本橋の裏通りに住んでいる骨董屋でありました。その人は、まことに思いがけない掘り出し物をしたと喜びました。そして、店に帰ってから、そのさかずきを他の細かな美術品といっしょに、ガラス張りのたなの中に収めて陳列しました。
江戸時代のあの時分から、東京のこの時代に至るまで、また、幾十年をたちましたでしょう。
さかずきは、それでも、無事に、ふたたび江戸時代と変わらない、東京湾に近い、空の色を、街の中からながめたのであります。